私のスタートライン|シンガー・ソングライター ma☆rron(マロン)さん
私のスタートライン
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私のスタートライン|シンガー・ソングライター ma☆rron(マロン)さん
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東濃地方で「私らしく」活躍する方に焦点を当て、毎日を全力で楽しむ「秘訣」とその原点をご紹介するインタビュー記事「私のスタートライン」。
今回お話を伺うのは、多治見市出身のシンガー・ソングライター、ma☆rron(以下・マロン)さんです。
人の心の動きや重なりを、時には優しく、時にはアップテンポに綴り、多くの根強いファンをもつマロンさん。矢沢永吉や天童よしみ、今井美樹、上戸彩、ももいろクローバーzといった、日本を代表するアーティストのツアーやレコーディング、楽曲制作にも数多く参加し、業界からも大きな信頼を寄せられる実力派です。
近年は、東京と地元・多治見を拠点にフリーアドレスなスタイルで行き来しながら、心理カウンセラーやラジオパーソナリティとしても活躍の場を広げ、その進化はとどまるところを知りません。
そんな「行動力の達人」マロンさんに、自身の原点と、今という"未来へのスタートライン"について、お聞きしました。
目次
多治見でみつけた音楽の楽しさとご縁…紡いで広がる30年の心の旅
迷いなき自信が引き寄せた「デビュー」
「生まれ育った多治見では、幼いころからエレクトーンを習っていました」
「難しい曲が弾けるようになったり、サンバ、ボサノバといった多種多様なリズムに出会ったり、フュージョンの魅力に気づいたり。どんどんハマっていきました」
地元の発表会では数々の賞を受賞。10代には、バンドも結成しました。
「キーボードから始まり、ドラムにも挑戦して。さらには、イベントで一緒になったバンドのボーカルを見て『これなら私でもできる!』なんて思っちゃって…ナマイキですよね(笑)」

東京・中目黒『楽屋(RAKUYA)』でのライブ風景(2025年)
高校卒業後は、服飾の専門学校へ進学。同時に、友人に誘われて入ったミュージック・スクールでは、入学してほどなく、プロコースへと飛び級で進級します。
そして上京後、某オーディションでのボーカル賞受賞をきっかけに音楽レーベルからのスカウトが届き、さらには音楽プロデューサー・武部聡志さんの目にも留まりました。
「『現実は自分で作れる』という言葉があるのですが、私自身、あの頃が一番その「現実」を作っていたなぁと思います。迷いなく、不安なく、根拠もなく。何も怖いものがなかった時代です」
苦難の連続…それでも「やめたい」は違った

武部聡志プロデュースのデビューシングル『笑顔の魅力(ちから)』(1996年リリース)
トントン拍子のデビュー。周囲は大いに盛り上がったそうですが、マロンさん自身は少し違ったようです。
「ものすごい才能の方々がたくさん居る世界で、さらには東京のスピードに揉まれて…くじけそうになることもありました。引っ越し作業中に「来週まで5曲書いてきて」といわれて必死に仕上げて全部ボツ、なんてことも」
「タイアップ曲のお話をたくさんもらうなど恵まれながらも、消耗感を感じてしまうこともありました」
それでも、シンガーをやめたいとは思いませんでした。
「仮歌(※本番レコーディング前のデモ音源に入れる仮の歌)や、未経験だったコーラス・ワークのお仕事もたくさんいただき、それが私自身のシンガーとしての鍛えになったと思います」
「依頼してもらったことは可能な限り、全部引き受けてきました。それがご縁となり、できることの範囲が広がって、キャリアの厚みになっていきました」
「『継続は力なり』。武部さんの口ぐせなんです」
続けていれば、チカラがつく。…この言葉を胸に、重ねてきたひとつひとつが、多方面に信頼され愛されるマロンさんの、今の礎(いしづえ)となったのです。

デビューアルバム『FREE』(1996年リリース)。こちらも武部聡志プロデュース
「どこに居てもできる」コロナ禍で気づいた柔軟な広がり
そしてコロナ禍。
2019年の年末に実施したクラウドファンディング・プロジェクト『新曲のMVを作りたい』。この企画が、フル・リモートでの創作活動に切り替えざるを得なくなりました。
前代未聞の危機的状況。しかし、マロンさんはそんな試行錯誤の日々を、大きな「広がりのきっかけ」に変えてしまいます。
「詩を書く、曲をつける、歌う。リモート環境が進んだなか、今の私なら、どれもフリーアドレスでできる。…そんな気づきから、地元・多治見に戻る時間を増やしていきました」
「その “私はどこに居てもできる” という自信のモトは、それまでの努力と経験たちでした」

豪華ミュージシャンたちの演奏も聴きどころ。小倉泰治プロデュースのアルバム『Love Loser』(2017年リリース)
週3日だけオープンする、人気の個人店。ほど良いコミュニケーションの距離感で、おいしい料理を提供するお店。…東濃エリアでは、都会に比べ自分のペースを大切にするお店をよく見かけると、マロンさんは言います。
「多治見は、やりたいことを自分のテンポで大事にできる、バランスが整う街。都会の人たちに地元のお店を紹介すると、「くつろげるね、また来たいな」と喜ばれます」
「多治見が故郷でよかったな、と東京で仕事をしてきたからこそ強く思います」
そして、こう続けます。
「人と人との縁をつなぐ今が楽しいし、私自身が良い人々に恵まれているのがうれしいですね」

2024年に多治見市・バロー文化ホールで開催した凱旋ライブには、多数の地元ミュージシャンやダンサー、スペシャルゲストが参加。話題となった
自分を大切にし、“ご縁”を大切にし、さらに世界が広がってゆく。
マロンさんの魅力のスタートラインは、ここにもあるようです。
カウンセラー&ラジオパーソナリティの顔も
上京時、歌詞を書くために図書館へ通ったことがきっかけとなり、心理学にもたどり着きました。
「人が何を考えているかをよく知っているほうが、より深い詩を書けると思いました」
その学びを深め、現在では心理カウンセラーとしても活躍。
さらに、多治見のコミュニティラジオ局・FMPiPiでは、生放送の朝ワイド番組『PiPi morning8lette』(8:00~10:00)で水曜日担当のパーソナリティも務めています。
「ラジオを始めたことで、受け取ってくれる人のありがたみが深まりました」
「どうしたら、リスナーとより良いキャッチボールができるか? …パーソナリティとしてはもちろん、ミュージシャンとしても、さらに意識するようになりましたね」
若いころは “自分のため” だった音楽。
30年の音と心の旅を経て、今では “聴く人へ届けるメッセージ” へと深化しています。

最新シングル『タイルの街並み』(2025年リリース)は、シンガー・ソングライターの佐藤嘉風さんが作詞・作曲を手掛けた
デビュー30周年。これからのスタートライン
プロデビューから、2026年の今年でちょうど30年。アニバーサリー・ライブも鋭意企画中のマロンさんに、これからの展望をお聞きすると…
「これからは、楽しくやっていきたい。デビューのことなんかも考えずにやっていた、あの頃みたいに」
「音楽があることが当たり前で自然だし、ゴールは考えていないです。ほんと、いつまでもできるなーって!(笑)」
そう、しみじみと話してくださいました。

最後に、音楽を志す人へのメッセージを。
「思い立ったら、とにかく行動することです。ほんの10秒間でもいい。まずは行動する。これが大切だと思います」
あらゆるご縁を丁寧にキャッチし、大切に広げ続けるマロンさん。
この言葉は、音楽だけにとどまらず、豊かに生きるための大切な指標なのかもしれません。




